適当に生きることは全く問題無いどころか、社会にとって価値がある


僕にとって日本は世界の中でもトップクラスに住みやすい国です。海外のいろんな国を見て回ってから強く思います。電車は時間通りに来るし、レストランに行っても食事が注文してからすぐに来ます。お店の店員さんもお客さんに対してとても親切だし、日本人として不自由と感じることは全くないと言っていいほど住みやすいです。

 

でもです、皆さんも感じている通り、なんだか生きにくい国なんですよね。なぜなんでしょうね。消費者として生活する分には全く問題ないのに、なぜか疲れる社会。僕はその原因は、いわゆる日本人の”真面目”な性格にあると思ってます。

 

こういうと「真面目に仕事することの何がいけないんだ」と言われてしまいそうですが、僕は真面目に仕事することを否定しません。問題は真面目に不真面目なことをやっているところにあります。

 

だってそうじゃないですか?みんな学生の時は理不尽な先生の意見に反抗したり、校則に反抗してたのに、社会に出た途端、会社の理不尽なルールや風習を真面目にやってしまうんですよ。本当は誰も望んでないのに「お客様のためだ」とか「お金のためだ」とか言ってね。

By: Joshua Damasio

でもそれって長期的な視野で日本のことや世界のこと、もっと大きな視点で地球のことを考えたら、結局僕らのやっていることって不真面目なことなんですよ。だって「お客様のため」だとか言いつつ、結果的に誰のためにもならないんですから。効かない薬が売っているのも、痩せないダイエット食品が売っているのも、体に悪い食べ物が売っているのも全て不真面目の典型ですよね。そんなことやってたらそりゃ苦しい社会になりますよ。

 

だから僕ら日本人はもっと適当になるべきだと思うんですよね。これ冗談とかじゃなくて、僕の一番強い願いです笑。もうね、電車も遅れてもいいし、食事も出てくるの遅くてもいいです。楽に暮らせるならね。

 

なので今回は適当に生きても何の問題もないばかりでなく価値がある理由を説明していきます。

 

 

適当に生きていても経済が回っている国

By: abstrkt.ch

僕はまだ世界十数か国しか回っていませんが、それらの国の中には日本よりも適当な国はたくさんありました。いや、日本と比べたらほとんどすべての国が適当でしたね。でもそれらの国も十分うまく回っているんですよ。生活レベルも日本と同等で、いわゆる先進国といわれる国です。

 

そこで働く人たちって、無駄な精神的なストレスを持っていないように見えるんですよね。僕が日本人としての色眼鏡を持っていることを考慮してもです。

 

そういう国の人たちの”適当”の解釈って少し違います。日本だと「適当=投げやりに物事をやる」という意味合いが強いですが、海外だと「無駄なことはやめて有意義なことをしようよ」という考えが強いです。これってすごいいいことですよね。

 

でも日本は違います。ほとんどの人が望んでいないことでも、それがルールや利益のためであれば決まりに従わなければいけなけません。一番身近な例を上がれば、ショップの店員さんのテンプレートのような接客ですよね。「いらっしゃいませ〜」「ありがとうございました〜」「またお越しくださいませ〜」。こんなの言われて誰が嬉しいんですか?お客さんはそんなこと望んでないですよね。

 

ちなみに外国人の友達は「CDプレイヤーで『いらっしゃいませ〜』の音源を流せばいいんじゃない?」って言ってました。

 

ではなぜテンプレのような接客をしているのかといえば、上司に怒られないため。これに尽きます。ルールに従っていれば怒られる心配はぐっと減りますからね。でもこれはお客さんのためではないですよね。

 

結局はどこかの偉いといわれている人が「お客のために」という言葉を使って、本当は自分の利益のために作ったルールに僕らは従わされているだけなんですよ。

 

だからそんなルールにはFUCK ITを突きつけましょう。

 

 

真面目に働いているのに日本は停滞

By: Osamu Kaneko

真面目に働いているから利益が出るという考え自体が間違っていますよね。利益を受けることができるのは世の中に価値を提供した時だけです。真面目にやっている仕事が価値をうみださない作業だったら、そこから利益が生まれることはありません。

 

だから年功序列のシステムっていうのがそもそもおかしいんです。年をとれば給料が上がって、定年にはたんまりと退職金をもらえる。そんな仕組みは今の日本では無理です。なぜなら会社が世界に対して価値を十分に提供できていないから。

 

高度経済成長の時代であれば、人々がものを必要としていた時代ですから、たくさんの価値を提供することができていました。でも今は求められているものが違うんですよね。それを知らずに取り残されている会社は今後ますます苦しくなっていくことになります。ですからそのような組織の中でいくら真面目に仕事をしても、利益を出すことは不可能です。

 

だったら不真面目に生きてでも、世の中に価値を提供した方がいいと思いませんか?

 

 

適当には価値がある

By: Farhad Sadykov

なぜ価値があるのか?それは、適当にやることで失敗が生まれるからです。「いやいや、失敗からは価値は生まれないでしょ」という意見を持つ方もいますよね。しかし失敗からしか本当の価値って生まれません。

 

勉強がその最たる例ですね。もちろん最初は教科書から学んだ解き方を参考にしながら、探り探り答えを導いていくわけですから失敗をたくさんします。でも失敗を繰り返していくうちに、答えに近付く確率がどんどん高くなっていきます。最終的にはかなりの精度で答えを導き出せるから、テストで結果を出すことができるんです。

By: Jane Kostenko

一方勉強をしないで、失敗もしなかった子にテストで結果を出すことは絶対にできません。失敗が怖くて、テキストの解答の丸写しで勉強をした生徒も結果を出すことはできません。

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今の日本でイノベーションが起きないのは、絶対に失敗が許されない環境だからです。つまり適当さに欠けているから。企業が真面目にやっていることといえば、確実に結果が出る実例をコピーして自分の企業でも同じことをやる。そして小さな利益を得る。これじゃあテキストの解答を丸写しして勉強している生徒と全く同じ。いくら小賢い戦略を立ててビジネスを遂行しても、大きな成功は得られないんです。

 

しかしここで、失敗も笑えるような程よい適当さがあったらどうでしょうか。彼らはきっと失敗をバネにして、新たなイノベーションを生み出そうとするはずです。そうして生まれてきたのが、高度経済成長で爆発的に成長できた企業たちですよね。

 

今の日本には余裕があまりありませんが、必要なのはイノベーションを生む力じゃなくて、失敗を許せる心の広さじゃないでしょうか。

 

 

なぜ適当になれないのか

By: Emilien ETIENNE
By: Emilien ETIENNE

皆さんもわかっているはずです。失敗しなければ成功はないことを。このようなフレーズは僕のような一介の日本人じゃなくても、有名な方々が語っている言葉ですから、何度も聞いたことがあるはずです。

 

ではなぜ口では「失敗しなければ成功はない」と言われているのに、失敗が許されない社会なのか。これはすべて恐怖が原因。「上司に怒られる」「私の社会的地位が」「みんなから悪く見られる」とかそんな理由です。つまりは人間関係から生まれる恐怖です。客観的に見れば「そんなの気にしなきゃいいじゃん」って思えるんですけど、いざ当事者となると難しいんですよね。

 

これは人間のDNAに刻まれていることなので、避けようのない恐怖なのかもしれませんね。昔は「コミュニティから排除される=死」でしたから、人間関係の悪化は最も避けないといけなかったわけです。

 

でも今の時代は違います。コミュニティはいたるところに点在していますし、インターネットがあるので、そのコミュニーティに参加することも難しくありません。物理的にコミュニティが離れてたとしても、簡単に移動できる時代です。

 

特定のコミュニティーに依存することなく、居場所を点々と出来たら、みんなが勇気を持って理不尽なルールや仕組みにFUCK ITといえるようになります。だから僕は旅に出ることをオススメしてます。

 

 

適当に生きる方法

By: Al King
By: Al King

いろいろな方法があると思います。今まだ真面目にやってきた習慣をやめてみるとか、あえて遅刻してみるとか。でもそんなことはどうでもよくて、僕はこれに尽きると思います。

 

「適当に生きる勇気」

 

え?どこかで聞いたことがある?それは真面目さが原因ですね(ゴメンなさい。嫌われる勇気のパロディーです)。でも真面目な話、僕らが適当に生きられないのは適当になる勇気がないからなんです。人間関係や社会的地位の恐怖に打ち勝てる勇気がないからです。

 

ごたごた言っていても何も始まりません。でも一度決意すればすべてが一瞬にして変わります。適当に生きる勇気を持ちましょう。アドラーもびっくりしてしまうほどにね。

 

By: tommypjr
By: tommypjr

 

でも真面目な方ほど、恐怖とは関係なくこう思うはずです。「適当に生きたら、自分も社会も間違った方向に進むんじゃないか」と。安心してください。国民が真面目に働いている日本は、ご存知の通り着実に間違った道に進んでいます。それは真面目に意味ないことをやってきたためと説明しました。

 

ですから僕たちがやらなきゃいけないことは、適当に生きながら価値を生み出すこと。失敗をしながらも自分の軸、倫理観をもって生きることです。何が社会にとって良いのか悪いのかを考えながら働くということです。

 

だから適当に生きるためには一般常識を疑うための勉強も必要になります。適当な人ほど世の中のために色々と考えているというおかしな構図ですね(笑)。このサイトに訪れたあなたはきっと心の優しい方ですね。だからこそ「適当に生きる方法」と言ったキーワードでこのサイトを訪れているはず。

 

もう適当に生きちゃいましょう。迷いそうになったらこう唱えてください。

 

 

「真面目に生きても世界は間違った方向に進む。」

 

 

これは僕の言葉ではありません。今の日本が証明していることですし、歴史が証明していることです。

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